【会報75号より】視点:今を考える3

削られる余裕

關本 和弘

月並みな話ですが、「忙」という字は<心を亡くす>と書きます。今回はこの「忙」について考えてみたいと思います。

先日、対象者の青年と話したときに、いまの若者はテレビを観ないという話を聞きました。その代わりにネット動画を見るのだそうです。テレビに比べて、自分の興味のある動画を見たい時に検索してすぐ見ることができ、CMが大幅に少ないというのが良いとのことでした。

また、テレビではスポンサーに気を遣って放送できないこともあるようですが、ネット動画では気にする必要がないため、正直な胸の内を発信できるのが魅力だそうです。

確かに一理あるなと頷きながら青年の話を聞いていましたが、私が一番驚かされたのは、その動画を倍速で見ているというのです。しかも、それが若者たちの間で一般的な視聴スタイルになりつつあるというのです。つまり、30分の動画であれば1.25倍~2倍のスピードで再生して約20分で見るのが普通だというのです。なにかこう慌ただしいような、生き急いでいるような気がしました。

現代人は無駄を嫌います。ブラック企業が蔓延して、ただでさえ少ない自分の時間をいかに効率よく使えるかを真剣に考えるのです。それも通勤中や軽いジョギング中に音楽を聴くだけではなく、本を「聴く」のです。今や本は「読む」ものではなく、音声で「聴く」ものでもあるのです。そうすることで作業や運動をしつつ勉強や情報を取り入れることができるというのです。

私は僧坊で修行をしている時、目の前のことに集中するよう指導されてきました。食事中、目の前のお皿と舌先に集中して無音でいただくのです。そうすることで、ほぼ調味料が無くても素材の

うまみを感じられるようになります。ところが、テレビや新聞を見ながらの「ながら食べ」をしているとだんだん味の濃いものを好むようになってきます。

効率よく時間を使うのは良いことだと思うのですが、人間はいろいろなことを同時にするには限度があると思うのです。運動をしつつ倍速で「本を聴く」のはちょっと欲張り過ぎではないかと思います。そう考えた時、冒頭に申し上げた「忙」という字はまさにそんな現代を表す一文字ではないかと思います。

時速60㎞で移動中には車のタイヤやエンジンの点検はできません。止まって初めて点検ができるのです。

人も同じで、忙しさの中に身を置いてしまうと大切な事を忘れがちになってしまいます。

改めてそんなことを考えてみると、ゆっくり生きるという生き方が私には合っているように思えます。

皆様はいかがでしょうか?

Posted in 広報誌, 活動報告, 視点.